日本共産党東京都議団
〒163-8001
東京都新宿区西新宿2-8-1
TEL:03(5320)7270
渡辺やすのぶ事務所
〒120-0035
足立区千住龍田町8-1
TEL:03-5681-3331
FAX:03-5681-5143
|
 |

建設国保は、危険を伴う建設現場で働く建設労働者の「命の綱」です。1月14日、平成17年度東京都予算の知事査定がおこなわれ、建設国保への七一億六七〇〇万円の補助が予算化され、現行水準を確保しました。
毎年「建設国保への補助をまもってほしい」と都庁前での一万人近い大規模な集会を行い、今年は土建組合のみなさんが13万通以上の都へのはがき要請、対都予算要求行動を行ってきた土建組合のみなさんの粘り強いとりくみの反映です。
土建国保はかつては十割給付でした。自民党や他党の都議会議員が「議員賛同署名」をする以前から一貫して「建設国保を守れ!」と先頭にたってきたのが渡辺やすのぶ都議でした。東京土建足立支部前委員長の瀬田宗市さんも「我々の運動をいつも応援してくれて渡辺さんには感謝しています」と語っています。
|

「収入が下がる中でとても助かる」
渡辺都議は、一九八六年の委員会で、上昇していた固定資産税評価額の凍結、都市計画税の引き下げを要求。八八年には本会議でも要求。以後、日本共産党は五回にわたって、都市計画税の減税を求める条例案を提案しました。
これに対し自民党は、「スタンドプレー的行為」、公明党は「時期尚早」「実現性に乏しい」との理由で反対し、日本共産党提案の条例案を否決してきました。
いまでこそ、小規模住宅用地の都市計画税の二分の一軽減、さらに非住宅用地の固定資産税・都市計画税の軽減措置がとられていますが、日本共産党が果たしてきた役割は今でも光っています。
|
誘致促進議員連盟副会長として
常磐新線は秋葉原からつくば駅まで58・3km。この間には20の駅があります。その間を45分で走るつくばエクスプレスが2005年8月末、開業しました。
また、日暮里・舎人線も平成19年度開業をめざして取り組んでいます。平成17年度予算案では、16年度予算を上回る予算を計上しています。
渡辺都議は、都議会常磐新線、日暮里・舎人線誘致促進議員連盟の副会長として、地元住民の足を守る公共交通機関を実施させるために全力をあげています。
|

高齢者の方が「五階から一段一段休みながらのぼり降りするのが大変。なんとか都営住宅にエレベーターを設置してほしい」との声が居住者から寄せられたのは、渡辺さんが都議会議員になってすぐのことでした。渡辺都議は、足立生活と健康を守る会の人たちと一緒に、都庁交渉をくり返し、「設置」を訴え続けてきました。
住宅局は拒み続けましたが、ねばりづよい交渉の結果、一九九一年はじめてエレベーター設置実現の回答を引き出し、初年度は3基設置させました。
その後、毎年交渉をつづけてエレベーターの数を増やさせ、今ではスーパーリホームを含め年間80基も設置させるまでになりました。このように既存の都営住宅にエレべーターを初めて設置させ全都的に拡大させていく道を切り開いたのが渡辺やすのぶ都議会議員です。
居住者からは、「粘り強く交渉してくれた渡辺さんのおかげです、本当に助かっています」と感謝の声が寄せられています。
|

足立区西部の交通網整備は大変遅れており、日暮里・舎人線の早期完成は住民の悲願です。
渡辺やすのぶ都議は、都議会の「日暮里・舎人線・常磐新線推進議員連盟」副会長として、一貫して早期実現に努力してきました。
十月二十六日、渡辺都議は日暮里・舎人線の2007年度完全開業を求め、足立区長代理の収入役や議長、足立区選出の全都議会議員などとともに、都庁で、都市整備局、建設局、交通局の各局長にあらためて要請をおこないました。
|

日本共産党都議団は都民と力を合わせ、一九七〇年代から乳幼児医療費の無料化にとりくみ、一九八七年第一回定例会の代表質問でとりあげました。
以来、代表質問八回、条例提案四回、その他予算特別委員会など毎定例会ごとに連続してとりあげ、一九九二年第二回定例会の渡辺やすのぶ都議による代表質問で、十七回目にしてはじめて「検討していく」という前向きの答弁を引き出しました。
そして翌年の第一回定例会代表質問で、一九九四年一月から実施することが明らかにされ、予算化されました。
以後一貫して日本共産党都議団は、就学前のすべての子どもを対象にすべきことと、所得制限の撤廃を求めて全力をあげ、現在は就学前すべての子どもが対象になっています。
自民・公明・民社の各党は、日本共産党の四回の条例提案すべてに反対の態度を取り、否決してきました。
|

北千住駅東口のエスカレーターは、今から25年前に設置されました。東武線沿線で初めてのことでした。
このエスカレーターの設置に取り組んで実現させたのが渡辺やすのぶさん(当時区議)です。
当時はまだ、エスカレーターのある駅は非常に少ない時代でした。
渡辺さんは、「足が悪くて駅の階段がのぼれない」「だれでも駅を利用できるようにしてほしい」という切実な声を受け、東武鉄道や運輸省と交渉。署名を集める行動の先頭に立ってがんばりました。
3年間に及ぶねばり強い運動と渡辺さんの奮闘で、当時としてはめずらしいエスカレーターの設置となり、多くの利用者から喜ばれました。
その後、国のエスカレーター設置のガイドラインがつくられ、多くの駅で設置されるようになりました。
|

7月29日、夏の風物詩である足立の花火大会が開催されました。第26回目となる今年は台風の影響がありましたが、それでも35万人の参加でにぎわいました。
この花火大会はかつて、日本共産党が何回も区議会質問を行い、復活したのをご存知でしょうか?当時、党区議団の団長であった渡辺やすのぶ都議が奮闘して実現したものです。
昭和51年に区民から「花火大会復活を求める請願」が出され、各党とも賛意を表明、区長も「ぜひ実現させたい」との意向を表明していました。しかし、52年の第一回定例会で自民・公明など各党が反対して否決してしまったのです。
渡辺やすのぶ議員は、同年の第三回定例会の代表質問で「夏の夜空を彩る絢爛豪華な花火、川面に映える仕掛け花火は人の気持ちを存分にいやす最高のもの。区長は前向きに答弁してきたが、ほんとうに花火大会の復活を望むというのなら、いたずらに議論をもてあそぶのではなく、復活を望む広範な区民に真剣にこたえるべき」と厳しく迫り、3年間で6回にわたり区長交渉や署名活動を行なって実現を強く求めました。足立区政史にも花火復活への渡辺議員の発言が紹介されています。
そして翌年の第一回定例会で正式に予算計上され、八五〇発の打ち上げ花火として24年ぶりに花火大会が復活したのです。
それが今では打上花火やスターマイン、ナイアガラなど、計1万発の花火が夏の夜空を彩り、東京でも毎年各情報誌に掲載される大きなイベントのひとつになりました。
|
|
|